( 疑問符 ) ( 2015.5.5. 記 )
[ 歩道に退避中の自転車がそのまま歩道を走れてしまう法律こそが、危険な運転と人身事故多発の原因!である ]
自転車による人身事故を防ぐ最も有効な走行規制と、道交法の改正すべき点
Copyright 2015.5.5. by うつぎれい
この直前のブログ記事でちょっとだけ「 危険な自転車の走行規制 」 と 「 自転車ナンバープレート 」 について書いていたら、昨夜のテレビで えなりかずき 氏と篠田弁護士が、全く偶然に同じ事を言ってるので、改めてその緊急性を実感させられ、もはやこの問題の要点と解決法は、後回しにしてないでちゃんと今、ここで書いて提案しておかないといけない …ということになった。
イザ、本当の要点から入ろう。
● 歩道に退避した自転車が歩道上をそのまま走れてしまうこと、しかも警笛を鳴らさずに歩行者を追い越せること、これらの馬鹿げた道交法の規定こそが歩道上での危険な突っ込み運転と人身事故多発の本当の原因である。 ( 歩道に退避中の自転車は降りて歩け が唯一の答である。)
未就学児童は例外としても、小学生以上の者が自転車に乗ったまま歩道を通るのを、いまの道路交通法が安易に認めてしまってる事、実はそれこそが自転車による人身事故多発の原因である。
危険極まりない自転車の歩道走行を、止むを得ぬ歩道退避走行…として許してしまってる現行法が、自転車による人身事故ほぼ凡ての元凶である。
自転車は、歩道上でも歩行者より速く移動出来て当然…という、自転車側の完全に間違った意識が歩道上の人身事故を多発させている。
その間違った意識があの傲慢な警笛無しでの「歩行者追い抜きやスリ抜け」走行を生み出してる。
自転車に乗ってる者が歩行者より速く走れなければならない…という特別な理由は何処にも無い。
車道は危ないから…と自分の身の安全の為に「歩道に退避する自転車」は、歩道では必ず降りて、「歩行者と同じに歩く」のが当然である。
何しろ歩道なのだ。
「歩行者優先」とは、今の道交法でさえ、正しく読めば「余程道幅が広くない限り、歩行者の追い抜きやスリ抜けは一切禁止」とも読めるのだ。
つまり小さな子供を例外として 「 歩道での自転車走行を一切認めない 」 …という新道交法に正しく変える事こそが、あたかも イソップ童話のコウモリ の如く、乗ってる者の都合次第でクルマから歩行者にスリ変わる、現在のあの勝手気侭かつ傍若無人な無法者、「自転車乗り」の撒き散らす暴走公害を一掃する最初の一歩である。
重ねて言う。
歩道で自転車の優先走行という特権は与えられてない。
現行法では 「 歩道では歩行者を妨げてはならず、歩行者が邪魔だと警笛を鳴らす事すら違法 」 なのである。
( 本当は 「 歩道では歩行者を妨げてはならず、歩行者を追い越す場合には必ずその前に警笛を鳴らして歩行者に気付かせねばならない。 但し歩行者が邪魔だとむやみに警笛を鳴らしてはならない 」 … と、もっとちゃんと本来の意味合い通りに書いておくべきだったのだが、何故かそこまで丁寧には書いてない。 これが災いした。 )
処が自転車側は、その決まりを逆手に取って 「 だから自分は鳴らさずに歩行者の隙間を巧くスリ抜けてる 」 と言い訳できる、とどうも思い込んでいるらしいのだが、そのせいで却って多くの人身事故、死亡事故までが起きてるのだから、そんな言い訳が成り立ったりはせず、完全に屁理屈である。
歩行者スレスレに追い越して行く、いわゆる 「 突っ込み運転 」 の時にも自転車運転者は警笛を鳴らさなくて良い、などという危険な走り方が許されてるワケでは全然ないのだ。
どうやら、あの危険極まりない自転車のスリ抜け走行 ( 歩行者が曲がろうとしてるその角を、その曲がる側スレスレでスリ抜けて行ったり、店舗の入口に入ろうとしているその入口側や、自動販売機に近付こうとしてる人の自販機側との隙間を当然のようにスリ抜けて行く無謀走行 ) の正体らしきモノが漸く見えて来た。
つまり、こういう事だ。
自転車の判断次第で車道から歩道への退避走行を許してる、現行の道路交通法での 「 歩行者優先、警笛をむやみに鳴らしてはいけない 」 というその表現自体が、自転車側のあの極めて危険な「歩行者スリ抜け追い抜き」走行を心理的に助長し、頻発させてる最大原因になってるらしいのである。
その本来の趣旨は無論、「自転車の歩行者追い越し禁止」にも近いのだが、自分は速く走れて当然、と思い込んでる自転車の操縦者の大半はそんな風には決して受け取らない。
もしも 「 警笛をむやみに鳴らしてはいけない 」 という決まりが無ければ、普通に警笛を鳴らして追い越すだろう乗り手までもが、追い越す時に一々警笛を鳴らしてはならないという風に理解すると、法律にそう書いてあるのなら、( 歩行者より速い自転車が歩行者を追い越すのは当たり前だから ) じゃあ警笛なんて鳴らさずに、黙って横をスリ抜けて走れば良いんだ、という意識にと自然になってしまうのである。
ところがそんな考え方で自転車が歩道上 ( や歩道が白線でしか仕切られてない狭い道路 ) を走ってるのだとすると、普通は運良く事故にまでは至らないだろうものの、クルマと違ってエンジン音のしない自転車が、相当のスピードで背後から脇を抜けようと迫っていたとしても、歩行者の殆どがその事に全く気付いてない。 ( 歩行者にバックミラーは付いてないから 当然である。 )
歩道での人身事故に高齢者が多いのは、つまり老人だと耳が遠いから尚更、背後に迫る自転車の気配に気付けない …からだとも考えられる。
その老人が突然の眩暈 ( めまい ) や何かの理由で急によろけたり、或いは水溜まりや犬のフンを一寸よけようとしていきなり左右に動いたらどうなるか?
その刹那、スリ抜けようと突進して来た自転車が、もしあったらどうなるか?
答は明白である。
私自身がすんでのところで助かった事例での自転車のスピードから云って、そのような場合に急に動いた歩行者をよけられる自転車は先ずない。
自転車側は 「 まさか急に動くとは思わなかった」とか 「 そこまでは予測出来なかった」とか、極端には 「 後から自転車が来てるのに、急に横に動いたりするからだ! 」 などと言うだろうが、人間のそうした急な動きを咎める法律などは何処にも無く、警笛を鳴らさずに歩行者の隙間をゲームのようにスリ抜けて行けるつもりでいる自転車側に、大変な法的責任が有るのは紛れもない。
つまり 「 警笛なんて鳴らさずに、黙って歩行者の横をスリ抜けて走れば良いんだ 」 等という意識で日本中の道路を厖大な数の自転車が走っていれば、時々不運に起こるだろう上のような状況によって、歩道上の自転車人身事故が毎年数万件、死亡老人が数百人というのは、統計的に見ると全く必然的な数字でしかないである。
いま仮に、毎日外を出歩いてる人の数が平均で 1 億人として、その一人一人が 1 日平均 10 回ずつ自転車に追い越されてるとすると、年間で 3650 億回のスリ抜けが起きてることになる。
その内の 1 千万回あたり 999 万 9999 回では全く人身事故が起きないとしても、1 千万回にたった 1 回だけ上記の如く不運な事故が起きるとすると年間 36500 件の人身事故になる。
そして 10 億回にたった 1 回だけ、悲惨な死亡事故が起きるとすれば、それで年間 365 人の死の説明になる …ということに注意しよう。
つまり、上に述べたような不運なケースでも事故など起こりようがない、本当に安全な道路交通法にしない限り、年間数万件の歩道上人身事故や、年間数百人もの死亡事故を防ぐ事などは絶対に出来ないのである。 ( 見方によっては、現行の道路交通法の放置は、行政による未必の故意の殺人 …と云えなくもないのである。 )
そろそろ話を纏めよう。
故に、数年前ぐらいからやたらに増えてる、あの 「 無警笛での危険なスリ抜け追い越し走行 」 の大きな発生因の一つは、この 「 歩行者相手に、むやみに警笛を鳴らしてはいけない 」 という道交法の文言そのものが拠り所となってる可能性が高いと考えられるのである。
この 「 重大な勘違い 」 を、今まで放置して来てる、警察とマスコミの責任はかなり大きいゾ。
この肝心な事を指摘してる人は、ところで他に誰かいるのだろうか?
( 2015.6.6. 追記 )
自転車は音がしない…ということを自覚せよ!
背後に自転車が迫ってると知らない歩行者は次の瞬間どう動くか判らない…と気付け!
歩行者にバックミラーは付いてない だから警笛を鳴らさなければ歩行者は背後の自転車に気付かない
ゲーム感覚で警笛も鳴らさずに歩行者を追い越したりするな 巧くスリ抜けられると思うな
相手はゲーム画面のキャラではなく 生身の生きた人間だとハッキリ気付け
人身事故の加害者として他人の人生や生命を奪う前に…だ
「 まさか急に動くとは思わなかった 」 なんて言い訳では済まないのだ
直ぐ側に迫る自転車に気付いてない人間が次の瞬間どう動くか判らない …ということを全く予想も自覚もせずに、歩行者の直ぐ側を巧くスリ抜けられると思って運転してる、大馬鹿者たち。
だから、( 殆ど運転音のしない ) 自転車が警笛を鳴らさずにいきなり歩行者を追い抜く事自体を、道路交通法でちゃんと禁止してやめさせない限り自転車による人身事故の多発は防げない。
自転車は音がしないからこそ、それが近付いてる事に全然気付いてない人間の直ぐ側を通る時には必ず警笛を鳴らさなければならず、それを怠った運転者は ( 運良く事故には至らなくともその映像証拠さえあれば ) 即座に道路交通法違反で立件…という程の厳しさで取り締まるしかない。
● 単に立っている人、立ち止まってる人の側をスリ抜ける場合にさえも、( 運転音がしない為に相手に全く気付かれていない ) 自転車は、必ず警笛を鳴らさなければならない…と義務付けるべきなのだ。
( 自転車側が自分は気付かれてる筈と思ってても、歩行者は全然気付いてない …という場合が実に多いからこそ危険なのだ。 )
これは、歩道や路側帯道路に限らず、絶対的に必要な最重要禁則である。
何しろ自転車の中には、車道を走っていて前方にクルマが渋滞してると、それらの渋滞車を迂回して追い抜く為の追い越し車線として、歩道を使う不謹慎な者までが居るのである。
● ヘッドホンやイヤホンで耳を塞いでの自転車運転、ケータイを見ながら操作しながらの自転車運転を道路交通法で禁止し、映像に撮られたり見付けられたら直ちに検挙…が当然である
最新の道路交通法でさえ規制が甘過ぎなのは、ヘッドホンやイヤホンで耳を塞いだ状態での運転やケータイを見ながら操作しながらの自転車運転それ自体が、即座に道路交通法違反で ( その証拠写真や証拠映像を撮られたら ) 直ちに立件…という厳しさにまではなっていない点である。
そうした危険運転で「もし事故を起こしたら立件」では、その事故をまさに起こされて「怪我をさせられたり死んだり」した被害者の方は、全く堪ったものではない。
だから、自転車運転規制は上のような行為や傘さし運転でも直ちに立件…という程の厳しさにしなければ意味がない。
● ドローンよりずっと危険性が高いので、自転車規制はドローン規制よりずっと重要である
このような厳罰化は、大して差し迫った危険も今のところ無いドローンより、遥かに危険で差し迫った問題な自転車規制にこそ、早急に導入され実施施行されなければならない。
追記 ;
昨夜の「TVタックル」での、えなりかずき 氏の「自転車ナンバープレート制度」の提案と、それへの満場一致は無論全く正しい。 でも一体何故、武見敬三らの自転車乗り国会議員は、そういう肝心な事をもっと早く自ら国会で提案出来ないのだ?
因みに以下は、以前に考えたその「自転車ナンバープレート制度」と、番組では劣勢だった「自転車免許制度」の完全に現実的な導入方法である。
このやり方でなら、「自転車免許制」への移行は比較的スムースに可能なので、昨夜の「TVタックル」内の議論では負けそうだった、篠田弁護士に加担すべく、参考までに書き添えておく。
( アイディア_ ) ( 2013.1.21. 記 )
自転車の危険運転と交通ルール無視を激減させる方法 by うつぎれい
「自転車ナンバープレートシステムは道幅の狭い日本社会に於いて既に必須のシステムである」
先ずは自転車に 「 ナンバープレート 」 と 「 免許証 」 と 「 免許証挿入型自転車鍵ユニット 」 を設定し、法律でその取り付けを義務付けると共に、半年程度の移行期間を設け、その期間中に行う標準的な取り付けの費用を全額、政府が負担する。
「 免許証挿入型自転車鍵ユニット 」 とは、自転車の前輪に自転車錠として取り付け、自転車に乗る人が自分の免許証を挿入しないと走らせることが出来ず、またパスワードを打ち込まないと免許証を抜き取ることが出来ない仕組みの小さな装置である。
[ こうする事で免許証不携帯では乗れなくなると共に、予めそのユニットに登録した免許証 ( 但し複数の免許証登録や臨時追加登録も車体所有者の権限で可能 ) でしか鍵が開かないようにしておけば、自転車盗難の防止にもなる。 登録外の免許証を挿入しても走れるようにはならないからだ。 ]
免許証は当初、ナンバープレートを登録した者の全員、及び自らが自転車に乗ることを届けに来た日本国内住民の全員に対して ( 特に重大な支障があると認められない限り ) 無条件で交付される。
拠って、この当初発行される自転車 ( 乗車走行 ) 免許証を仮免許証とし、1年間程経過した後に本免許証とする…という方法もあるが、そのような区別は煩雑なので、恐らくしない方が良い。
このような簡易方式での免許制度発進の利点は、当初は無条件 ・無償で免許証が交付される為、入口での査定作業が何も要らず、然したる抵抗もなく一気に免許制度が普及することである。
そしてその差し当たりの「免許制度の普及」によって突然、その時以降に事故を起こしたり平気で危険運転を続ける者たちを、自転車運転から締め出す事が出来るようになるのである。
( もしもそうでなければ、危険な自転車運転で死亡事故まで起こしていても、その者が刑期を終えて出所すればまた自転車に乗れてしまう …のを防ぐことが出来るようになるのである。 )
移行期間が過ぎた後に初めて自転車を購入したり、自転車に乗り始める者は、購入の際に免許証を発行されると共に免許証挿入ユニットとナンバープレートの取付費用を自己負担するものとする。
移行期間終了後は、特別に事情が認められた場合を除いてナンバープレートの取り付け費用は所有者の全額自己負担とし、車体前後にナンバープレートの掲示がないものの「乗車道路通行権」は無いものとされる。( 「降車道路通行権」は有り、つまり「降りて押して歩く」ことは出来る。 )
違反者は車体を一時的に取り上げられ、申告してナンバーを取得し、代金を支払ってナンバープレートなどの取り付けを済ませるまで車体の返還を受けられない上、違反切符を切られる。
道路交通ルールを守っていない事を通報され、証言や ( 防犯カメラやケータイカメラ ) 映像などでその違反を確認されると、違反切符が切られ、それが臨界値に達すると免許が取り上げられ、一定の講習とテストを受けて合格点を取るまでは、自転車の「乗車運転資格」を喪失する。
こうした ( 自動車とほぼ同じ ) ナンバープレートと自転車通行免許証を義務づけない限り、歩道を走る自転車の危険な運転者意識はほぼ変る筈がなく、それによる人身事故もまた減らないだろう。
ナンバープレートを掲示していれば、本来の正当な持主による危険運転は、その直後にケータイのカメラや防犯カメラその他で自分のナンバーを撮られ、匿名性が消え、自らが特定されてしまう怖れの大きいことを認識するようになる為、大幅に減少するものと推定される。
( 無論、盗難自転車に乗る無法な運転者の意識はこの限りではないが…。 )
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